淺水與四郎は幼少から忠直の側(cè)近く仕える忠臣で、忠直附きの腰元志津と祝言をあげた。忠直は內(nèi)外からその英邁振りをうたわれ、特に武蕓に熱心で、よく家中の若者を集めて槍試合などを行った。ある日、みずから白軍の大將となって出場(chǎng)した忠直は、紅軍の副將大島左太夫、大將小野田右近を突き伏せた。ところがその晩、忠直が奧庭に出た時(shí)、晝間の二人が話す「以前ほど、勝ちをお譲りするのに骨が折れなくなった」という言葉を聞いて愕然となった。翌日、急に槍試合を命じた忠直は、真槍で例の二人を傷つけてしまったが、二人はほどなく割腹して果てた。生まれてこのかた自分の身に注いでくれる賞讃は偽りであり、家臣の追従であることを知って深い懐疑にとらわれた忠直の行動(dòng)は、それからというもの暴虐非道を極めた。人妻を犯したり、諫言する家臣を斬り棄てるなど別人のような亂行がつづいた。これは不信に包まれた忠... (展開全部)